『Dior(ディオール)』の調香師に密着した “香り高き” 映画「NOSE」
香水作りにおける最高品質の原材料を求め、世界を旅するメゾン・ディオールの調香師、フランソワ・ドゥマシーに密着したドキュメンタリー映画「NOSE」。世界トップの調香師が創り出す、フレグランスクリエイションの現場を覗いてみましょう。
2021年05月17日更新
記事の目次
[1]フランソワ・ドゥマシーについて
1949年、フランス・カンヌ生まれ。香水の聖地グラースで育ち、1971年には同地の老舗香料会社「シャラボ」で働き始めます。
1977年からは約30年にわたりシャネルの専属調香師ジャック・ポルジュの下で女房役を務め、2006年には、(※1)LVMHフレグランス部門のスーパーバイザー兼ディオール初の専属調香師に抜擢されました。
そして「メゾン・クリスチャン・ディオール」シリーズや「ミス・ディオール」「ジョイ」「ソヴァージュ」などの香水をクリエイションし、いずれも大ヒットとなります。
2020年にはフランス文化省より「(※3)芸術文化勲章」が授与され、トップクリエイターとしての存在感をますます大きなものに。
調香師がこのような勲章を授与するなんて日本では考えられないですが、さすが香水の本場フランスですね♪
「私は芸術家ではなく職人である。」と語る氏ですが、魔法のような香りを生み出すその技と感性は、“芸術家”と呼ぶ方がふさわしい気がします。
また『Dior(ディオール)』の専属調香師に就任して以来、全てのディオールフレグランスはパリのラボとグラースのアトリエ「(※2)フォンテーヌ・パルフュメ」で手掛けているそうですが、そういう環境の中で創作活動を行えること自体が、崇高な芸術家に与えられた特権であるようにも思えます。
ドゥマシー氏は、職人であり、研究者であり、芸術家である。私はそう思いました。
(※1)1987年、ルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシーが合併して誕生した、世界最大のファッション企業体。フレグランス部門ではディオールをはじめ、ゲラン、ジバンジィ、ケンゾー、アクア・ディ・パルマなどを傘下に置く。
(※2)かつてルイ・ヴィトンが革製品を製造していた場所。2012年より調香師ジャック・キャヴァリエのアトリエとしてルイ・ヴィトンのためのフレグランス製作が行われており、現在はクリスチャン・ディオールとの共同アトリエとなっているようです。
(※3)”芸術・文学の領域での創造、もしくはこれらのフランスや世界での普及に傑出した功績のあった人物” に授与される、フランス文化省が運用する名誉勲章。
[2]「NOSE」について
クレモン・ボーヴェと、アルチュール・ド・ケルソゾンという二人の監督が、2年の歳月をかけフランソワ・ドゥマシーに密着したドキュメンタリー映画で、2021年2月よりApple TV、Amazon prime video、Google Playにて公開されました。
調香というのは謎のヴェールに包まれている部分がほとんどだと思います。
ですが、この映画では、香水制作に関わる人たちの生活やインタビューがふんだんに収められていて、普段目にできない調香に関わる現場を見ることができる、とても貴重な映像となっています。
『Dior(ディオール)』は最高品質の香水原料を用いるために、生産者とパートナーシップを結んでいるのですが、それが地域産業の発展や支援に繋がっているのもまた素晴らしいところ。
熟練技術や伝統を継承しながら、我が子のように大切に原材料を育てる生産者。
その生産者にリスペクトを払い、共に理想の香りを作り上げようとするドゥマシー氏と『Dior(ディオール)』。
この気持ちの良い”win-win”の関係がないと、極上の香りは生み出せませんし、産業の発展にも繋がらないのです。
そしてこの映画最大のトピックは、フランス語で嗅覚を意味する“Odorat”を冠した「オドラマツール」なるもの。
作品に登場する香りを実際に体感できるというもので、香りを閉じ込めたシールをめくると、劇中のドゥマシー氏と一緒に同じ香りを嗅ぎながら映画が観れるのです。
「NOSE」公開を記念し、『Dior(ディオール)』公式サイトで5,500円以上の購入者に、先着でオドラマツールがもらえる、ということで、私は案内が来てすぐに食いつき、買う予定のなかった香水をまんまと購入してしまいました。
結果その香水は素晴らしく、買って大正解◎ドゥマシー氏のセレクトした原材料が入っているのかと思うと、ますます大切に使おうという気持ちになりました。
各香りのシールには上映時間が記載されています。
例えば最初に登場する「インドネシア産パチョリ」は00:01:07に登場するので、シールにはその時刻が記載されています。
同時刻に劇中でドゥマシー氏も「インドネシア産パチョリ」の香りを嗅いでいるのですが、通常であれば、どんな香りなんだろう?と想像するしかありません。
ですがこの「オドラマツール」があれば、実際にその香りを嗅ぐことができるのです。
※現在オドラマツールの配布は終了しています。
どんなハイテク技術をもってしても、映像でダイレクトに香りを伝えることはまだ不可能ですが、「NOSE」はオドラマツールを用いることにより、アナログな方法ではあるもののそれを可能にしたのです。
映画鑑賞するにあたり、“劇中に登場するものを視聴者に送って、実際それを手にしながら鑑賞してもらう”という手法は、これまでありそうでなかったのではないでしょうか?
とても面白い試みであり、実際に香りを嗅ぎながら「NOSE」を鑑賞することができ、そうでない場合に比べ何十倍も映画を楽しむことができたと思います。
>>『Dior(ディオール)』公式「NOSE」紹介サイトはこちら
[3]映画に登場する7つの香り
映画では主に7つの香りの原料が紹介されています。
オドラマツールにも同じ香りが収められているので、一つ一つご紹介していきましょう。
1. インドネシア産パチョリ
とても土っぽく湿っぽい。一度嗅ぐとクセになりそうな芳香で、周囲にジュワ〜ッと染み出していくような浸透力と、空気中にフワッと広がっていくような立体感があり、いつまでも鼻の奥に残っていて欲しいと思える心地の良いアーシーさがたまりません。
パチョチについてあまり追求することなく大雑把に捉えていた私にとって、このインドネシア産パチョリはなかなか衝撃的で、これまでのパチョリに対する概念が完全に覆されました。
2. エレミ
私は「NOSE」を観て初めてこの植物のことを知ったのですが、精油としてはメジャーなもので、樹木のゴム樹脂抽出液を蒸留して作るようですね。
フランキンセンスの香りに似ていると言われていますが、私の第一印象は「柑橘系の香り」そのもので、スッと鼻を通り抜けるような爽快さもありました。
このエレミという植物が他の原料と合わさることによって、どんな化学反応を起こし、どのように香水に生かされるのか。とても興味深い香りでもあります。
3. アイルランド産アンバーグリス
マッコウクジラの腸結石、別名「龍涎香(りゅうぜんこう)」。金よりも高価だということは有名ですが、天然のアンバーグリスの香りを嗅ぐ機会なんてほとんどありませんよね。
なかでも灰色のアンバーグリスはとても希少価値があるようで、映画の中でそれは「信じられないほど甘く美しい香り」と紹介されています。
私もオドラマツールのシールをめくった瞬間、絶句せずにはいられませんでした。多幸感すら感じてしまうような、魔の香り。まさに自然が生み出した奇跡です。
4. フランス産グラース ジャスミン
日本でも身近な花なので、鼻を近づけて実物の香りを嗅いだことがある方も多いと思います。
このグラース産ジャスミンも基本的には同じ香りですが、あれ?ジャスミンってこんなにずっしり重たい香りだったっけ?と思うほど濃厚・濃密です。あの白く可愛らしい花からは想像できないぐらい妖艶です。
気高く近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのも、美しさに拍車をかけています。もはや何も混ぜすにこのまま香水にして欲しいぐらい、魅力的な香りでした。
5. フランス産グラース ローズ
シールをめくってしばらくは、”か弱い”というか、主張が少なく大人しめの印象でした。それが時間の経過と共にグングン存在感を表し、凛とした美しい芳香を放つことに。
クラスの中でも影が薄く控えめで目立たなかった女の子が、実はむちゃくちゃ美少女だった!というぐらいのインパクトでした。
地力の素晴らしさを感じずにいられないのは、やはり栽培の賜物だと思います。
土、水、太陽、風土などはもちろん、生産者の知恵や工夫、努力、どれか一つが欠けても絶対にこんな”生きた香り”は生み出せないと思いました。
ひとくちにローズといっても本当に様々な個性や特徴があり、香水制作におけるローズの重要さを改めて感じます。
6. イタリア産ベルガモット
他の柑橘類(オレンジ、ライム、レモンなど)と違い、あまり馴染みがなく遠い存在だったせいか、パチョリ同様これまでベルガモットについてあまり探求してきませんでしたが、このベルガモットは溢れんばかりのジューシーさと力強さにびっくり!
生命力に溢れ、ツンとした酸っぱ味はなく、食べたらきっと甘いんだろうなと想像して丸かじりしたくなるほど。
トップノートに重要な役割を果たすベルガモットですが、どのベルガモットを選ぶかによって香りも全く違うものになるんだろうなということが、とてもよく理解できました。
7. フランス産ヴァロリス ネロリ
オレンジの花から水蒸気蒸留によって抽出されるネロリ。アロマティックな香りは癒し効果も抜群ですが、もしネロリの香りを知らない人がこのオドラマツールのネロリの香りを嗅いだら、一瞬でファンになってしまうと思います。
真ん中にはしっかりビターが存在していて男性的な力強さを感じますが、角のないまろやかな甘みは、温かく寛大な母親のようでもあります。
年間を通して温暖な気候である南フランス・ヴァロリスの自然と、生産者の努力が作り出した賜物ですね。
[4]見どころと感想
この映画の見どころはやはり、普段めったに見ることのできない、香水作りの現場が見れるということ。
もちろん全ての工程を紹介しているというわけではありませんが、オドラマツールがなくても、香水に少しでも興味のある方であれば絶対に楽しめると思います。
そもそも香水の原材料がどういう所で栽培されていて、どういう形状なのかなど、なかなか見れるものではありませんし、まして一級の調香師がどんな風に香水作りに向き合ってるのかなんて、よほどその調香師に精通している人でないと、知り得ない情報ですよね。
貴重な映像が盛りだくさん、ドゥマシー氏の愛すべきお茶目な一面も見れますし、Dior香水のファンには特にたまらない内容となっています。
そしてもう一つは、”モノ作り”の醍醐味を感じられること。
知識だけあってもダメ、感性が優れていてもそれを生かすことができなかったらダメ、両方備えていても協力してくれる人がいなかったらダメ。
調香だけでなく、モノ作りにおいては学歴など一切関係ないと思いますが、自分の感性を磨き続け、情熱を持ち、理想の形を作り上げるために協力してくれる人たちへのリスペクトがなければ、絶対に良い作品は生み出せないと痛感しました。
華やかな世界の裏には必ず、それを支えてくれる大勢の人たちがいるのだということを、改めて思い知りました。
[5]モノ作りに関わる全ての方に
「NOSE」は、香水ファンにはもちろん、『Dior(ディオール)』が好きという方にも楽しめる映画だと思います。
また、香水や『Dior(ディオール)』には全く興味ナシ!という方であっても、何らかのモノ作りに関わっている人であれば、感銘を受けるシーンは多いはず。
世界に誇る『Dior(ディオール)』の専属調香師というお仕事。あまり興味ないかも…という方も、騙されたと思ってぜひ観てみてくださいね♪